- 実施概要
- 聞こえない、聞こえにくい、聞こえる人が美術館で専門家と出会い、作品を鑑賞し、共に考え、「展覧会をより楽しむことができるプログラム」を企画・実践する、4日間のアート・コミュニケーション・プログラム。最終日となった「プログラム実践」の様子と、4日間を通じて参加者たちが育んだ「つながり」の軌跡をお届けします。
■取材日
9月13日(土)プログラム4日目(最終日)
■取材場所
東京都美術館

プログラムレポート
アート・コミュニケーション
2025/11/5
〜伝えるって、楽しい! 美術館からつなげる未来へのバトン〜
4日間にわたるプログラムの、最終日の朝。東京都美術館の一室に集まった参加者の表情には、初日の緊張とは違う、期待と責任感があふれていました。「みるラボ:つながりをつなげる」のゴールは、自分たちが考えたプログラムで美術館に新しい「つながり」を生み出すこと。初日にプログラムオフィサーの石丸郁乃さんが語った「皆さんの中だけで完結させるのではなく、次の人にバトンを渡す」という言葉を、アート・コミュニケータの「とびラー」と共に実現する日です。
初日、「きこえの違い」を知り、多様なコミュニケーションのとびらを開いた参加者たち。2日目、3日目は、小学生に展覧会「つくるよろこび 生きるためのDIY」(会期:7/24~10/8)の魅力を伝えるため、参加者同士のコミュニケーションを深めながら、マップとラリーの二つの鑑賞プログラムを練り上げてきました。


マップチームが考えたのは、鑑賞の視点を広げる「みどころ紹介ワークシート」。展示室マップと共に、マップチームが選んだ作品の写真と「きみなら、この家でなにをしたいかな?」といった作品に紐づいた問いかけが並んでいます。子供たちは、このシートを持って作品を巡り、感じたことや考えたことを自由に書き込むことで、自分だけの鑑賞体験を記録し、深めていくことができるのです。
ラリーチームが企画したのは、つくる楽しさを体験する「じぶんだけのおうち・ひみつきちをDIYしてみよう!」。家やテントの形が描き込まれた台紙を手に、展示室内の4つのポイントを巡ります。各ポイントでは、参加者が手作りした「イス」や「窓」などをかたどった「版」を紙の下に敷き、鉛筆でこすって模様を写しとるフロッタージュの技法で、子供たちに自分だけの空間を「DIY」してもらいます。最後は、色とりどりの布で屋根を飾りつけて完成です。
4日間で育んだ「つながり」から生まれた二つのプログラム。参加した子供たちは、どのように受け止め、楽しんでくれるのでしょうか。


午後から始まる本番を前に、最後の準備に取りかかります。
「みどころ紹介ワークシート」を準備するマップチームでは、役割分担についての話し合いが行われていました。「受付」係だけでなく、「作品を鑑賞する子供たちとコミュニケーションする」係も。どうすれば子供たちが安心して楽しめるか、最後までチームでの連携を確認し、工夫する姿が見られました。
「じぶんだけのおうち・ひみつきちをDIYしてみよう!」を準備するラリーチームは、フロッタージュに使う「版」の最終制作に励みます。そして、実際に展示室でシミュレーション。「ここで版を刷るなら、ボードの紐は首から外した方がやりやすいね」「それをちゃんと伝えてあげよう」。子供たちの動きを想像し、一つひとつ丁寧に確認していきます。
部屋に戻ってからも、熱心な話し合いは続きました。「“アレンジしてみてね”って、小学生にはわかるかな?」「“くふう”っていう言葉の方がいいかも!」。子供たちへの声かけボードを準備する手にも熱がこもります。
初日はぎこちなかったコミュニケーションも、今ではすっかり自然なものに。筆談ボードや手話通訳を介して活発に意見を交わし、互いのアイデアを尊重し、より良い形へと試行錯誤していきます。「コミュニケーションをそれぞれとって、考えてやっていこう」「人数が少ない時はフォローし合おう」。声をかけ合い、午後の本番に臨みます。



午後1時。ついにプログラムがスタートします。「本当に小学生、来てくれるかな……」と話していた参加者たちですが、その不安は杞憂に終わります。開始と同時に次々と子供たちが受付にやってきました!
受付では、担当の参加者が少し緊張しながらも笑顔で、二つのプログラムについて丁寧に説明します。
「じぶんだけのおうち・ひみつきちをDIYしてみよう!」を選んだ男の子が、最初のポイントへ。担当の参加者は、自然と子供と同じ高さに目線をあわせ、フロッタージュの方法を教えます。真っ白な紙の下にひかれた版の模様が、鉛筆をこするたびに魔法のように浮かび上がると、パッと子供の表情が輝きました。
最後のポイントでは、色とりどりの布の端切れで屋根を飾りつけます。「布の色がかっこいい!」「センスあるね!」。筆談ボードに書かれた参加者からのメッセージに、子供たちは誇らしそうな、そして少し照れたような表情を浮かべていました。


全てのポイントを回ったあと、シートに自分で動物や家具を描き込み、空間をより自分らしく「D I Y」する子供の姿も見られました。プログラムに刺激を受け、次々とアイデアが湧いてくるようです。
「みどころ紹介ワークシート」を選んだ子供たちはマップを手に、真剣な表情で作品と向き合っていました。そこへ、マップチームのコミュニケーション係の参加者がそっと近づき、声をかけます。「こんにちは。何か面白いもの、見つかった?」。ワークシートに書き込まれた子供たちの感想をきっかけに、対話が生まれます。





中には、字を覚え始めた小さな女の子も。10ある作品を全て鑑賞し、それぞれに「かわいい」「なんだろう」と自分の感想をしっかり書き込んでいました。プログラムを通じて得た、「一人の鑑賞者として認められている」という自信。それが、作品を見つめる表情に表れていました。
「自分たちが考えたプログラムを使ってくれるの、すごく嬉しいね」。参加者たちは感想をチーム内で伝え、喜びを分かち合っています。
この日、参加した子供の中には難聴の女の子もいました。参加者は手話で「こんにちは」「ありがとう」と伝え、心を通わせます。
気づけば、展示室は子供たちの熱気でいっぱいになっていました。自分だけの作品を手に「こんなおうちがあったらいいな!」「来てよかった!」と話す子。一つのプログラムを終えた後、もう一つのプログラムにも参加するなど、繰り返し楽しむ子。参加者が生み出したプログラムは、子供たちがアートと出会い、自分なりの楽しみ方を見つけるための大きなきっかけとなっていました。

あっという間の2時間を終え、興奮冷めやらぬまま部屋に戻ってきた参加者たち。「この版、人気だったね!」「自分の考えたプログラムを楽しんでくれるの、こんなに嬉しいんだね」。筆談ボードの上で、喜びの言葉が飛び交います。
「最終的に参加してくれた人は、大人も子供もあわせて106人です!」
プログラムオフィサーの石丸郁乃さんが参加した子供たちの数を発表すると、わー!という歓声と共に、手話の拍手の動作でお互いを称え合いました。部屋は温かい達成感と感動で満たされています。
最後は、プログラムの実践、そして、この4日間を、参加者と共に学んできた「とびラー」と共に振り返ります。

「予想以上に子供が来てくれて、対応に慌ててしまうこともあったけど、子供たちが笑顔で手を振ってくれたり、ありがとうの手話をしてくれたりと、嬉しい気持ちになれてよかった」
「“やさしい日本語”で、説明をするのはちょっと難しくて、大変だった。一緒に来た親と子供もプログラムを通してコミュニケーションしていた」
「子供の発想がすごく豊かだった。版の花を逆にしてドライフラワーにしていたり、ベランダや屋上をつくっていたり、屋根に自転車を置いている子供もいた」
「子供たちが『あのね、ここはね…』と教えてくれると、ああ、やってよかったな、これがプログラムを企画する楽しみなんだなと感じることができた」
「はじめてアイデアを出し合っていた頃はとても不安で、『本当に楽しんでくれるのか?』と思ったけど、私たちは『みんなに楽しんでもらいたい』という同じ気持ちを持っていたから成功できたし、ここまでやってこれたんだと思う」
参加者たちから語られた言葉は、このプログラムが彼らにとって、どれほど大きな経験だったかを物語っていました。また、プログラムを実践した喜びだけでなく、4日間を通じた自分自身の変化を伝える言葉も語られました。
「コミュニケーションを取るのが苦手だったけど、チームで協力し合うのがとても楽しく感じられた。完璧じゃなくても、伝えようとする努力が大切だと改めて気付かされた」
「難聴として生きてきて、普段は会話の5割くらいしか理解できない時もあるけど、ここでは誰もが理解しようとしてくれて、コミュニケーション面で安心しかなくて、まるで家にいるかのようだった」
「美術館の楽しみ方がわかったので、これからもっと行ってみたい。筆談も、自分の内面を整理しながら話せるいい手段だと思った。とびラーさんとも世代を越えて交流できて楽しかった」
「人にわかりやすいように伝えるって難しい! 伝えるためにはどうしたらいいかを考えるのが楽しい!」
「ちょっと優しくわかりやすく話せるようになった気がする」
「終わってしまうのがとっても寂しい。それくらい居心地のいい空間でした。素晴らしい仲間に会えて嬉しかった」



最初は戸惑いながら、それでも一歩を踏み出し、互いを理解しようと努めた4日間。参加者たちは、アートの新しい楽しみ方を発見しただけでなく、多様性の中で共に何かを創り上げることの喜び、そして何より、人と人がつながることの豊かさを学んだようでした。
最後に、プログラムオフィサーの石丸郁乃さんが、参加者たちに語りかけます。
「皆さんが、すごく楽しそうにコミュニケーションを取ってくれていたのが、私にとって何よりも嬉しかったです。この経験を生かして、また次の人につなげていってくれると嬉しいなと思います。そして、美術館はいつでも開いています。またいつでも美術館に来てください、再会できるのを楽しみにしています」
写真はすべてMuseum Start あいうえの提供、撮影:中島古英
(取材・執筆:小原明子)